高岡市: 総持寺

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概要・歴史・観光・見所
総持寺(高岡市)概要: 衆徳山胎生院総持寺は富山県高岡市関町の創建は不詳ですが平安時代に旧礪波郡五位荘に開かれたのが始まりと伝えられています。その後一時衰退しましたが正平8年(1353)、禅恵和尚(河内金剛寺)が中興し現在の高岡市石堤付近に移りました。江戸時代に入ると加賀藩初代藩主前田利長は前田家当主を継ぐ以前は守山城の城主で、そこ頃から総持寺を祈願所とししていたようで、隠居城として高岡城を築城した慶長年間(1596〜1615年)に利長の命により現在地に移っています。

又、当時の住職である快雄和尚は利長から新たな地名についての相談があり、中国に伝わる詩経の一節のある「鳳凰鳴けり、彼の高き岡に」から「高岡」の地名が成ったとも云われています。本尊である十一面千手観音座像(像高:72.5p、願主:河内国金剛寺の禅恵法印、製作者:大仏師幸賀、小仏師頼真・胎内仏有)は天平8年(1353)に制作されたもので昭和12年(1937)に旧国宝に指定され、昭和25年(1950)に改めて国指定重要文化財に指定されています。山号:衆徳山。院号:胎生院。宗派:高野山真言宗。本尊:胎蔵生大日如来。

総持寺:写真

総持寺境内正面に設けらた山門と石造寺号標
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総持寺参道から見た本堂正面 総持寺境内に建立された観音堂 総持寺境内に設けられた鐘楼と梵鐘 総持寺境内に安置されてる六十六部の石仏


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