富山県・行基菩薩:縁の社寺・温泉

富山県:歴史・観光・見所(ホーム)>行基菩薩

社寺・温泉:一覧

名 称
場 所
内   容
・金光院・富山県
高岡市
・養老元年(717)、元正天皇の勅命により行基菩薩が射水神社(二上神)の別当寺院として養老寺を創建しました。往時は山岳信仰の拠点として二上山全体に数多くの社殿、堂宇が建てられていましたが、明治時代の神仏分離令と廃仏毀釈運動により衰微し、支院も金光院と慈尊院の2院のみとなりました。
射水神社・富山県
・高岡市
・創建年は不詳ですが古くから信仰された格式の高い神社で、養老元年(717)、元正天皇の勅命により行基菩薩が射水神社(二上神)の別当寺院として養老寺を創建しました。以後、神仏習合し「二上権現」と呼ばれるようになっています。
氣多神社・富山県
・高岡市
・養老2年(718)、行基菩薩により勧請され創建したとされます。ただし、この説は一般的ではなく多くの説があります。
浅井神社・富山県
・高岡市
・伝承によると養老元年(717)、行基菩薩が毘沙門天像を勧請し赤丸浅井神社の別当寺院である川人山鞍馬寺を開山したと伝えられています。
千光寺・富山県
魚津市
・天平18年(746)、行基菩薩が開創したと伝わる寺院です。最盛期には16坊を擁する大寺院として発展しましたが、戦国時代の兵火により焼失し衰微しました。
蓮王寺・富山県
射水市
・大宝元年(701)、当時の越中国守とされる佐伯有若が行基菩薩を招き、愛鷹である「緑丸」を弔う為に創建されたと伝わる寺院です。その際、本尊となる木造阿弥陀如来坐像(小杉大仏)を行基自ら彫刻したと伝えられています。
・観音寺・富山県
・入善町
・奈良時代に行基菩薩が北陸地方を巡錫し当地を訪れた際、神々しい光を放つ大石を発見した事から仏意と悟り、その大石に観音像を彫刻し一宇を設けて安置したと伝えられています。
十三寺・富山県
入善町
・奈良時代に行基菩薩が北陸地方を巡錫し当地を訪れた際、紫雲がたなびくのを見つけ、そこに歩み寄ると大きな杉が聳えていました。すると、その大杉から御告げがあり、それに従い千手観音像、馬頭観音像、聖観音像の3像を彫刻し一宇を設けて安置したと伝えられています。
日石寺・富山県
上市町
・神亀2年(725)、行基菩薩が本尊で磨崖仏である不動明王像を彫刻し開創したと伝わる寺院です。最盛期には末社21社、坊舎30坊、僧兵1千余名を擁する大寺院として発展しました。
富山寺・富山県
富山市
・神亀元(724)に行基菩薩が開創したと伝えられています。
鵜坂神社・富山県
・富山市
・称徳天皇の御代に行基菩薩が鵜坂神社の別当寺院である鵜坂寺に七堂伽藍二十四坊を建立したと伝えられています。
安居寺・富山県
南砺市
・養老2年(718)、インド出身の善無畏三蔵によって開創され、聖武天皇の勅願により行基菩薩が境内を整備したと伝えられています。本尊はインドで制作され善無畏三蔵が安居寺に勧請したもので、前仏は行基が自ら彫刻したと伝わる観音菩薩像が安置されています。
新治神社・富山県
・黒部市
・行基菩薩が参拝に訪れたと伝えられています。
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※ 「全国の行基菩薩:縁の社寺・温泉」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。リンクはフリーですが画像や文章等のコピーは行わないでください。