於保多神社(富山市)概要: 於保多神社は富山県富山市於保多町に鎮座してる神社です。於保多神社の創建は鎌倉時代の弘長3年(1263)、浄禅寺の境内に恵(現在の神官家の祖)が菅原道真の分霊を勧請し尊像を祀ったの始まりと伝えられています(浄禅寺の開山は永仁2年:1294年としている為、やや矛盾があります)。
江戸時代初期の寛文5年(1665)に富山藩初代藩主前田利次が境内社として新たに北野天満宮(京都府京都市上京区馬喰町)の分霊を勧請し天満宮を建立、前田家の祖が菅原道真とされる事から歴代富山藩(藩庁:富山城)の藩主前田家の崇敬庇護の対象となり祈願所となりました。
江戸時代中期の宝永5年(1708)に3代藩主前田利興が現在地に遷座し拝殿、本殿を造営しています。
明治時代初頭に発令された神仏分離令を経て、明治6年(1873)に柳町天満宮に於保多神社が勧請合祀され、郷社に列し、明治9年(1876)に県社に昇格、明治11年(1878)に社号を於保多神社に改めています。
前田家から篤く崇敬された於保多神社の拝殿
一方、文化年間(1804〜1817年)に9代藩主前田利幹が藩祖である前田利次の御霊を祭る国玉社を創建し、明治6年(1873)に於保多神社に合祀されています。
現在は富山藩初代藩主前田利次・二代藩主前田正甫・十代藩主前田利保の分霊が合祀されています。
社宝には菅原道真公筆三社託宣書、菅公渡唐絵像、桃花老人筆讃(一条兼良筆)等があります。
於保多神社拝殿は木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、平入、正面1間切妻向拝付き(銅板葺き)、外壁は真壁造板張り。本殿は一間社流造、銅板葺き。
祭神:菅原道真公、前田利次、前田正甫、前田利保。
富山市:神社・仏閣・再生リスト
|