姉倉比売神社(富山市)概要: 姉倉比売神社は富山県富山市呉羽町小竹に鎮座している神社です。姉倉比売神社の創建は不詳ですが古事記・日本書紀によると紀元前30年頃に姉倉比売がこの地を統一し農耕と養蚕を広め住民から尊崇された存在だったようです。
又、姉倉比売神は能登の伊須流伎比古神(伊流岐比古神社)と夫婦でしたが伊須流伎比古は能登比売(能登比売神社)と浮気をいてしまい、嫉妬に狂った姉倉比売神と能登比売神社が交戦状態となり越中国中が大乱になったとされ、乱が鎮圧されると姉倉比売神社は乱を起こした張本人として呉羽小竹に流され、土地の女性たちに機織を教えるよう命じられたと言われています。
富山市内には舟倉と呉羽小竹の両方に姉倉比売神社があるのはその為とも伝わっています。
姉倉比売神社は延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載されている所謂「式内社」で天平9年(737)には仏像経典を納めたところから神仏混合となりました。
延喜式内社の論社である姉倉比売神社の拝殿
戦国時代には上杉謙信(関東管領、越後国守護、春日山城の城主)から越中最古の神社というとこから崇敬され天文7年(1538)には社領200石を寄進しています。
寛文元年(1661)に落雷の為、多くの社殿、社宝、記録等が焼失しましたが明治時代以降に再建再興されました。明治時代初頭に発令された神仏分離令を経て村社に列しています。
姉倉比売神社拝殿は木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、平入、桁行4間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ。本殿は覆い屋内部の為不詳。祭神:天照皇大神、姉倉比賣命、大己貴命、武御名方主命。
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