砺波市: 荊波神社

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概要・歴史・観光・見所
荊波神社(砺波市)概要: 荊波神社の創建は不詳ですが奈良時代に勧請されたのが始まりと伝えられている古社で延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載された式内社の論社です(※論社−荊波神社:砺波市池原・荊波神社:南砺市岩木・荊波神社:高岡市和田・八幡宮:小矢部市臼谷・巖谷門神社:小矢部市矢波)。天平宝宇3年(759)に描かれた越中国礪波郡石栗村官施入田地図にも「荊波神 一段 七十二歩」と記載されていて当時から広く知られた存在だったと思われます。当初は池原字「宮ノ谷」に鎮座していたと推定され、時期は判りませんが現在地に遷座したと思われます。もし、当社が式内社荊波神社だとすると、越中守として越中国(現在の富山県)に赴任した大伴家持の和歌で万葉集に収録されている「荊波の里に宿借り春雨に隠り障むと妹に告げつや」の舞台だった可能性があります。その後、菊理姫命が合祀された事で江戸時代は白山社と称し、明治時代以降は村社に列しました。

荊波神社拝殿は木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、平入、桁行2間、梁間2間、正面1間向拝付き。本殿は覆い屋内部の為不詳。主祭神は日子刺肩別命(利波臣氏の祖、 砺波開拓の祖)。配祀:伊弉諾尊、伊弉冉尊、菊理姫命。

荊波神社:写真

荊波神社
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