滑川市: 檪原神社

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概要・歴史・観光・見所
檪原神社(滑川市)概要: 檪原神社の創建は大宝元年(701)に勧請されたとも成務天皇の御代(131〜190年)に勧請され大宝年間(701〜704年)に再興したとも云われています。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載されている所謂式内社で古くから格式が高く信仰されてきました。当初は柳原村に鎮座し鹿熊城主椎名家から崇敬され社領が寄進されるなど庇護され、最盛期には社領1000石を領するなど大きな影響力がありましたが戦国時代の兵火により多くの社殿、社宝、記録が消失しています。

天正10年(1582)6月、織田信長が本能寺の変で自刃した事で家臣である佐々成政は魚津城魚津市)を放棄して居城である富山城富山市)まで戦線を縮小した為、滑川は再び上杉領となり檪原神社には当地を維持管理する故を記した制札(滑川市指定文化財)が上杉景勝より発給されています。檪原神社の主祭神は素盞嗚命ですがいつの頃か天照皇大神が合祀され神明社と称していたようで江戸時代になって現在地に遷座されるとその社号から神明町が成立しています。明治時代初頭に発令された神仏分離令を経て明治6年(1873)に県社に列しています。

檪原神社社殿は滑川出身の名工岩城庄之丈が再建したもので拝殿は入母屋、桟瓦葺、平入、桁行4間、正面切妻妻入の1間向拝付、本殿は一間社流造、銅板葺、正面唐破風向拝付、向拝欄間部には竜虎を模した精緻な彫刻が施されています。境内には安政2年(1855)に建立された芭蕉句碑は亀田呉橋や石川東邱ら滑川の俳人達が寄進したもので「しばらくは花のうへなる月夜かな」が刻み込まれています。祭神は素盞嗚命。配祀は天照皇大神、菅原大神、市大稲日命。

檪原神社:写真

檪原神社
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