瑞願寺(五箇山)

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概要・歴史・観光・見所
瑞願寺(五箇山)概要: 瑞願寺は富山県南砺市下梨に境内を構えている真宗大谷派の寺院で古くは念仏道場として下梨村市助が開いたのが始まりと伝えられています。天正9年(1581)に佐々成政の兵火により井波にある瑞泉寺が焼失し7世顕秀と弟の准秀が阿弥陀如来像と共に念仏道場に入り下梨瑞泉寺と呼ばれるようになりました(瑞願寺と正式な寺号となったのは明治12年:1879年以降。)。市助は天文元年(1532)から五箇山支配を委ねられた人物で江戸時代に入っても加賀藩から重用され五箇山の十村役を務めるなど江戸時代を通して五箇山一帯に大きな影響力を持ちました。その為、瑞願寺には五箇山や加賀藩(前田利長の年貢金子、年貢煙硝の皆済請取状など)、本願寺関係(証如の請取書状3通など)の古文書が多数所持していて74点が平成元年(1989)に南砺市指定文化財に指定されています。

寺宝である木造阿弥陀如来立像は瑞泉寺から遷した当時のもので、室町時時代初期製作、桂材、寄木造、金箔、玉眼(水晶)、当時の大型の木像で意匠にも優れている事から平成元年(1989)に南砺市文化財に指定されています。又、境内背後の裏山は天王山(標高:326m)と呼ばれている長慶天皇(後村上天皇第1皇子、南朝の第3代天皇とされる)の陵墓と伝えられている塚で、苦戦を強いられた南朝方の武将たちは五箇山まで退きその時長慶天皇も一緒に潜幸したとも伝えられています(長慶天皇の陵墓は全国に点在し一説には100箇所に及ぶそうです。)。山門は入母屋、銅板葺、一間一戸、四脚楼門(上部3間、吹き放し、鐘撞堂、鐘楼門)、本堂は入母屋、銅板葺、平入、正面1間向拝付。宗派:真宗大谷派。

瑞願寺:写真

瑞願寺
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