五箇山: 岩瀬家住宅

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概要・歴史・観光・見所
岩瀬家住宅(五箇山)概要: 岩瀬家住宅は富山県南砺市西赤尾町に屋敷を構えている古民家です。岩瀬家住宅は江戸時代後期に五箇山で加賀藩焔硝上煮役を務めた藤井長右衛門の役宅兼住宅として建てられたものです(江戸時代末期以降は岩瀬家が所有)。木造1重4階建(一部5階建)、切妻、茅葺、平入の合掌造りで桁行26.4m(14.5間)、梁間12.7m(7間)、高さ14.4m(8間)、五箇山・白川郷地方最大規模の合掌造り住宅で天領であった白川郷に加賀藩の権威を見せ付ける為に建てられたとも言われています。建築には8年という歳月が費やされ棟梁として氷見出身の大工又三郎が手懸けたと伝えられています。

岩瀬家住宅は役宅を兼ねている事から毎年加賀藩からは役人が視察に訪れ、休息や宿泊にも利用された為、それ専用の床の間、違い棚付きの書院の間や武者隠しの間(奥書院)が設けられました。その為、格式の高い要素が取り入れられ大黒柱を1尺(約33cm)にする等木割りが太く、武士階級しか使用出来ない欅などの銘木がふんだんに使用され仕上げも精巧で意匠も富んだ造りになっています。逆に養蚕業を営んでいた事から3階から5階にかけては養蚕の作業場や蚕の飼育場になっていて1階に囲炉裏から出る煙が各階にいきわたるように天井が無く床板と床板の間に隙間を空けるなど工夫が見られます。

焔硝は鉄砲などの火薬の原料になる事から加賀藩では重要視され特に五箇山で産出された焔硝は質、量共に最良品として重用され、幕府への配慮から「塩硝」との当て字が使用されました。藤井長右衛門が担った焔硝(塩硝)上煮役とは五箇山で生産した焔硝を取りまとめ加賀藩に上納する役職の事で、岩瀬家では塩硝釜が展示されています。五箇山も白川郷と同様に養蚕などで労働力の必要性などから大家族制度が採用され岩瀬家でも往時は使用人などを含めて35人が生活していたそうです。岩瀬家住宅は当地方最大規模でなおかつ合掌造りの最も完成形に近い様式を現在に伝える大変貴重な遺構として昭和33年(1958)に国指定重要文化財に指定されています。

岩瀬家住宅:写真

岩瀬家住宅
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