五百羅漢(長慶寺)概要: 法羅陀山長慶寺は富山県富山市五艘に境内を構えている曹洞宗の寺院です。長慶寺の不詳ですが当初は真言宗寺院の寺院でした。天明6年(1786)に河上屋市郎左衛門が新川郡塩野から当地に移し日輪当午禅師を招いて曹洞宗に改宗開山しています。
境内は富山平野を一望でき立山連峰が望める景勝地で本尊が「桜谷大仏」と呼ばれる大仏だったことから広く信仰されました。特に花見の季節には民衆の行楽地の1つとして多くの人々が参拝に訪れました。
江戸時代後期、富山で米穀商と廻船問屋で財を成した黒牧善次郎が長慶寺を篤く信仰し寛政11年(1799)から嘉永2年(1849)にかけて佐渡の石工に彫刻させた五百羅漢を寄進したと伝えられています。五百羅漢は佐渡で製作され善次郎が北前船で各地に物資を搬送する毎に当地に運んだそうです。
苔むした石仏が立ち並んでいる五百羅漢
長慶寺は古くから神仏習合し寛政8年(1796)には石見国(現在の島根県)から柿本人麻呂の分霊が勧請され寛政10年(1798)には富山藩6代藩主前田利與の側室白仙院が「桜谷八景」を詠んで奉納し柿本人麻呂像を寄進しています。
明治時代初頭に発令された神仏分離令により柿本人麻呂の祠は廃社(跡地には「志留丸塚」が設けられ、柿本人麻呂像は長慶寺に移されています)、桜谷大仏が廃され(現在は頭部のみが寄進安置されている)ましたが五百羅漢は昭和初期に修復されるなど篤く守られ貴重な事から昭和46年(1971)には富山市指定史跡に指定されています。
本堂は木造平屋建て、宝形造、桟瓦葺き、桁行6間、外壁は真壁造白漆喰仕上げ。山号:法羅陀山。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦如来。
五百羅漢:上空画像
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