高岡市伏木: 国泰寺

  富山県:歴史・観光・見所高岡市伏木:観光・観光・見所>国泰寺

概要・歴史・観光・見所
国泰寺(高岡市)概要: 摩頂山国泰寺は富山県高岡市太田に境内を構えている臨済宗国泰寺派の寺院です。国泰寺は臨済宗一四本山の1つとして知られ、創建は鎌倉時代の永仁2年(1296)慈雲妙意が二上山に草庵を建てたのが始まりと伝えられています。その後、慈雲妙意は祖心地覚心に師事し正安元年(1299)に草庵を元に東松寺を開山、更に修業を積んだ後の嘉暦3年(1328)に"護国摩頂巨山国泰仁王万年禅寺"の寺号を後醍醐天皇から下賜されました。天皇の勅願寺として寺運も隆盛し北陸地方随一の禅宗寺院として名を馳せ、南北朝時代の暦応2年(1339)には足利尊氏によって全国に定められた安国寺に選定され堂宇の改修や寺領の寄進がなされました。

応仁の乱が起きると守山城をめぐる兵火により国泰寺は度々荒廃し、天文15年(1546)に後奈良天皇の勅命により雪庭和尚が神保氏の庇護もあり再興、天正年間(1580頃)に現在地に移る際は前田利家の命で没収され守山城の書院が方丈として転用されています。江戸時代に入ると幕府や加賀藩から庇護され5代将軍徳川綱吉は当寺を法燈派総本山に指定し、享保年間(1716〜1735年)に高壑和尚の尽力により堂宇や境内の再整備が行われています。明治時代初頭に発令された神仏分離令や排仏毀釈運動により一時衰退しましたが山岡鉄舟(江戸時代末期の幕臣)の尽力により復興再建しています。

現在の国泰寺法堂は江戸時代中期に再建されたもので、木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、平入、桁行5間、外壁は真壁造り板張り、正面左右に花頭窓付。総門は切妻、桟瓦葺き、三間一戸、薬医門形式。山門は入母屋、桟瓦葺き、三間一戸、桁行3間、張間2間、八脚単層門、外壁は真壁造板張り、左右に仁王像(阿形像・吽形像)安置。北陸三十三観音霊場第24番札所。越中観音霊場第3番札所。山号:摩頂山。宗派:臨済宗国泰寺派。本尊:釈迦如来。

国泰寺:写真

国泰寺境内正面に設けられた総門
[ 付近地図: 富山県高岡市伏木 ]・[ 高岡市伏木:歴史・観光・見所 ]
国泰寺観音堂の寺門 国泰寺参道石畳から見た山門 国泰寺山門から見た境内 国泰寺境内から見た法堂
国泰寺石庭(月泉庭)とその先に見える禅堂 国泰寺石庭(月泉庭)越に見える大方丈 国泰寺式台付玄関と唐破風屋根 国泰寺境内に設けられた鐘楼と梵鐘


※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「富山県:歴史・観光・見所」は「富山県の歴史」、「郷土資料辞典−富山県」、「日本の城下町−北陸」、「城郭と城下町−北陸」、「北陸道二」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。