南砺市: 井波八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
井波八幡宮(南砺市)概要: 井波八幡宮の創建は明徳4年(1393)石清水八幡宮(京都府八幡市)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられ近郷四十八ヶ村の総社として広く信仰されました。井波八幡宮は当初は別地(谷)に鎮座し前身の大森神社は延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載されている式内社荊波神社だったとも云われています。井波八幡宮の境内は瑞泉寺の旧地であり、かつ井波城の本丸跡で、戦国時代は浄土真宗の一大拠点でしたが、天正9年(1581)に織田家家臣で富山城の城主である佐々成政の侵攻によりその支配下に入り、さらに天正13年(1585)に豊臣秀吉に転じた前田利家が井波城に侵攻し落城に至っています。江戸時代初期の正保二年(1645)に現在地に遷座し、明暦3年(1657)に境内が整備され参道が現在のような経路となりました。江戸時代は歴代加賀藩主前田家の庇護を受け、安政3年(1856)には12代藩主前田斉泰が当地を視察した際に井波八幡宮を参拝したと記録されています。

現在の井波八幡宮本殿は江戸時代末期の嘉永5年(1852)に造営(本殿は覆い屋内部の為に詳細は不詳)、拝殿は嘉永6年(1853)に棟梁南部栄輔が手掛けて造営されたもので、入母屋、銅板葺、平入、正面千鳥破風、桁行4間、正面1間向拝付き。例祭であるよいやさ祭りは、天保4年(1833)に始まったと言われ商売繁盛、家内安全を祈願する神事として京都伏見稲荷祭りの形式を今に伝えています。神輿は4角(1の輿)、8角(2の輿)、6角(3の輿)の3基と子供神輿3基が町内を約10キロ練り歩き獅子や屋台などと共に祭りを盛り上げます。明治6年(1873)に村社、明治18年(1885)に郷社に列しています。祭神:応神天皇、神功皇后、仲哀天皇。合祀神:天照皇大神、天照皇大神、天照皇大神、誉田別命、諏訪大明神、菅原道眞、金山彦神。

井波八幡宮:写真

井波八幡宮
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