射水市: 戸破加茂社

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概要・歴史・観光・見所
戸破加茂社(射水市小杉町)概要: 戸破加茂社の創建は不詳ですが、平安の昔、当地は倉垣庄と呼ばれる賀茂神社(京都府京都市北区)の荘園だった事からその守護神として分霊が勧請されたとも、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社と記載された「草岡神社」だったとする説があります。歴代領主からも崇敬庇護され、特に戦国時代には能登国守護代温井景久の守護神として篤く奉斎しましたが、天正10年(1582)に織田方の佐久間盛政や前田利家との戦いに敗れ温井家は没落し、慶長4年(1599)に現在地に遷座しています。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃除され、昭和初期に近郷の鎮守10社を合祀した事を受け昭和18年(1943)に郷社に列しています。

由緒書きによると「 古くは式内社草岡神社と称し慶長4年(1599)戸破字宿の浦から倉垣庄総社加茂大神宮を現在地に奉遷し草岡神社加茂大明神と呼んだ。後に戸破地内の10数社と合祀して現在の加茂社となっている。京都上賀茂神社の祭神別雷神を主祭神と仰ぎ、うっ蒼とした鎮守の森の中では草けいばや流鏑馬が行われていた。現在は春季大祭に御神輿武者行列が優雅に町を練り回る。」とあります。

加茂社本殿は元文5年(1740)に再建されたもので一間社流造、こけら葺き、1間向拝付き、江戸時代中期に建てられた神社本殿建築として貴重なものとして昭和61年(1986)に射水市指定有形文化財に指定されています。その他にも社宝が多く木造獅子頭、鰐口、加賀藩旧本陣座敷、加茂社神事馬場跡が射水市指定文化財に指定されています。祭神:加茂別雷命。合祀:天照皇大神、豊受皇大神、建御名方命、高おかみ神、闇おかみ神、市杵島姫命、宇迦御靈神、大宮売命、猿田彦命、大名牟遅神。

戸破加茂社:写真

戸破加茂社
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