富山市: 熊野神社(婦中町友坂)

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熊野神社
熊野神社
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熊野神社 熊野神社 熊野神社 熊野神社
概要・歴史・観光・見所
熊野神社(婦中町友坂)概要: 熊野神社の創建は大宝2年(702)に出雲の熊野大社(島根県松江市八雲町熊野・出雲国一宮)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。出雲国出身者が当地を開拓した際、出身国の一宮を産土神として奉斎したとも考えられます。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載されている式内社(熊野神社・白鳥神社)の論社で山田郷の総社として広く信仰されてきました。古くから神仏混合し別当寺院である大徳山水源寺が祭祀を司り、最盛期には24坊を擁する大社として大きく繁栄しましたが、平安時代末期の源平合戦の際、木曽義仲の兵火により多くの社殿坊舎が焼失し、その後再興されるものの往時には及ぼなかったとされます。戦国時代にも上杉謙信の越中侵攻の兵火により、境内が荒廃しています。歴代領主からも崇敬庇護され、拝殿は富山藩10代藩主前田利保の弟である前田利民筆「熊野神社」の扁額が掲げられています。明治時代初頭に発令された神仏分離令を経て明治40年(1907)に村社に列しています。案内板によると「 砺波の高瀬神社と共に最も古い社。白鳳時代の末、都の高僧大徳が創建したといわれる。出雲民族の氏神の国幣大社熊野神社の系統であるといわれ、平安時代に最も栄え一の鳥居は下条の四ツ屋、二の鳥居は友坂字竹の花にあって沿道には数多くの石燈籠が並び賑わった。しかし上杉謙信の相次ぐ侵入に当り、一門これに抗して聖域が灰燼に帰し盛衰を経て今日に至っている。」とあります。祭神:熊野加武呂命(素益鳴尊)。
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