三日市宿本陣(黒部市)概要: 北陸街道の宿場町である三日市宿は北陸上街道と北陸下街道の分岐点として多くの旅人が利用し周辺地からも多くの物資が集められた集積場となり商業的にも中心的な役割をもちました。三日市宿の本陣は身分の高い大名や公家が利用する公式な施設な為、当地の有力者である「嶋屋」が代々勤めていました。
三日市宿は加賀藩(藩庁:金沢城・藩主:前田家)でも参勤交代で利用し、三日市宿では本陣である「嶋屋(嶋屋仁衛門家)」で宿泊や休息を行いました(富山藩の本陣は寺嶋屋助右衛門家)。
明治2年(1869)に本陣が廃止になりますが、しばらくは宿泊施設として営業し明治22年(1889)には米国人パーシヴァル・ローエル(アメリカ合衆国ボストン出身。天文学者。日本研究者。明治時代に日本を5回訪れ、通算約3年間滞在した。)も宿泊し"能登・人に知られぬ日本の辺境"を記しています。現在の建物は木造2階建て、切妻、桟瓦葺き、平入、現在は嶋薬局となっています。
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